J-STORIES — 日本が時代を超えて育んできた「伝統的な酒造り」が今年12月4日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録され、国内需要の減少や人手不足などに悩む酒造業界に「海外での知名度や輸出拡大への大きな追い風になる」との期待が高まっている。
無形文化遺産として登録されたのは、麹(こうじ)菌を使い「国酒(日本酒、本格焼酎・泡盛、本みりん)」を生み出す伝統的な酒造り技術。日本各地にはそれぞれの風土や生活習慣に合わせて磨かれてきた酒造りの技があり、日本の歴史や文化とは切り離せない「生きた伝統」としての役割も果たしている。
しかし、伝統産業の例に漏れず、日本の酒造りを取り巻く状況は年々、厳しさを増している。
日本には現在1164以上の酒蔵があるが、全国約1700社の酒造メーカーが加盟する日本酒造組合中央会の理事、宇都宮仁さんによれば、国内市場の縮小や物価高、気候変動による酒米の栽培への影響などで、稼働中の酒蔵は年々減少しているという。
こうした現状を打破するために、酒造メーカーが取り組むべき課題は海外市場の拡大だ。今回のユネスコの決定については、日本の酒造りに対する海外での知名度を高め、業界活性化や輸出拡大につながる、と歓迎する声は少なくない。
「これは日本酒の長い歴史における大きな一歩だ」。1702年に創業し、東京都青梅市で、300年以上、酒造りを続けてきた小澤酒造の現会長、小澤順一郎さんは集まった記者たちにそう喜びを語った。
小澤酒造では17人のスタッフが、20日から2か月にわたる醸造工程を経て酒を造り、発酵にはさらに20〜30日を要する。手間をかけ、精密さと専門的な知識を結集した酒造りが質の高い日本酒を生み出している。
日本酒造りはユネスコが保全をめざす「生きた伝統」の象徴だと語る日本酒造組合中央会の宇都宮さんは、「今回の登録は(日本の酒を売るという)単なる商業的な手段ではなく、日本酒が持つ深い文化的なルーツへの理解を深めるきっかけになる」と予想する。
グローバルな業界分析や市場調査の情報を提供しているフォーチュン・ビジネス・インサイトによると、2020年のワインの世界市場の規模は2300億ドル以上、ビールは8210億ドル以上であるのに対し、日本酒はわずか125億ドルにとどまっている。
日本の貿易統計によれば、2023年の日本酒の輸出額は年間410億円(約2億6500万ドル)を超えたが、国際市場における日本酒の存在感はまだ薄く、世界のアルコール飲料市場でわずか0.2%のシェアを占めているに過ぎないのが現状だ。
酒造業界はこのシェアを倍増させるという大きな目標を掲げている。日本酒の海外市場では中国と米国が最大の消費国だが、2番目の消費市場である米国との輸入関税引き下げに向けた取り組みが進められている。また、気候変動によって高温化が進む中で、酒造りに影響する米粒の溶けにくさや風味の低下といった問題に対処する方法の検討も続く。
ジョージアのワインやベルギーのビールは、それぞれユネスコの無形文化遺産に登録されており、国際的にその価値が評価されている。今回のユネスコの決定によって日本酒に対する国際的な認知度が高まれば、同様に世界で愛飲される存在になるだろう、と宇都宮さんら酒造関係者の期待は大きい。
ユネスコの登録は、長い歴史の中で受け継がれてきた日本の酒造り技術の卓越性が高く評価された結果だ。日本酒は、ワインやビールと同じく、米や果実などの原料を発酵させて造られる醸造酒だが、日本酒は「並行複発酵」と呼ばれる独自の製造方法を特徴としている。
この方法では、米のでんぷんを麹の酵素によって糖に変える糖化と、その糖をアルコールに変える発酵が同時に進行する。この仕組みにより、高いアルコール度数と複雑で奥深い味わいが生まれる。さらに、この並行複発酵を成功させるには、深い経験と高度な技術、専門的な知識が不可欠であり、日本酒造りは伝統に裏打ちされた匠の技の結晶ともいえる。
今回の登録がきっかけとなって、酒蔵がワイナリーのように観光地としても人気を集める施設になるかもしれない。そうした可能性も含め、宇都宮さんは「日本人には、自分たちの文化がどれほど素晴らしいかを認識してほしい」と語る。
「酒を飲まない神様はいない」という日本の古い言い伝えを引用しながら、小澤さんはこう語った。「ユネスコのおかげで、酒を飲まない神様がいない、という古い言い伝えの理由を、世界中の人々が理解する日がすぐそこに来ているのかもしれません」
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
トップ動画:文部科学省 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
***
本記事の英語版はこちらからご覧になれます。