VRの力で患者の痛みや不安を軽減する“デジタル鎮痛アプリ”

術後のせん妄リスクを減らし、医療現場の生産性向上にも効果

3月 1, 2024
BY HIROKO ISHII
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J-STORIES ー 社会の高齢化とともに、医療機関では手術後に大量の鎮静剤を使うことが多くなっており、患者に過度の興奮や幻覚、錯乱などを引き起こす「せん妄」の発症が増加している。
「せん妄」は、一時的に意識や認知機能が低下する精神障害で、身体の疾患や痛み、薬の服用などが原因で発症されるとされており、せん妄への対策は大きな課題だ。
せん妄の増加は、患者の医療費だけでなく、看護師など医療現場の負担を重くし、人件費を増やす結果にもなる。大量の鎮静剤を使わず、患者の痛みを軽減する方法はないかー。その解決策として今、催眠療法士の知見と仮想現実(VR)技術を組み合わせた新しい緩和ケアの実証実験が国内外で始まっている。
 VRゴーグルを装着するだけで「桜が咲く世界」に没入できる。 xCura提供
 VRゴーグルを装着するだけで「桜が咲く世界」に没入できる。 xCura提供
せん妄緩和策となる「TherapeiaVR(セラピアVR)」を開発したのは、日本のスタートアップであるxCura(新嶋祐一朗CEO兼CTO)。セラピアVRのゴーグルを装着すると、患者の目の前には宇宙や桜、森などの映像が広がり、その世界に没入することで痛みを忘れることができるという。装着している間でも医師の声が患者の耳元に届くよう、音声は付けず映像と字幕だけを表示する。
2022年11月にフィンランドのヘルシンキにて行われたスタートアップイベントでのセラピアVRの展示。     xCura Instagramより
治療は自己催眠法の一つである自律訓練法を取り入れており、映像に合わせてゆっくりと呼吸し、手足の指を閉じたり、広げたりする動き(グー・パー)や眼球をぐるぐると動かす運動などを行う。これによって、体をリラックスさせ、自律神経を整えることができるという。画面の色合いは、できるだけ心が落ち着くように、赤などは避け、青や緑色を選んでいる。
セラピアVRで映し出される宇宙の映像。 xCura提供
セラピアVRで映し出される宇宙の映像。 xCura提供
新嶋さんによると、実証実験に協力した医師や患者からは「想像以上に鎮静効果があった」「また次回もお願いしたい」とポジティブな意見が寄せられている、という。 
歯科クリニックにてVRゴーグルを装着して、治療を受ける患者。    xCura提供
歯科クリニックにてVRゴーグルを装着して、治療を受ける患者。    xCura提供
実証実験として国際医療福祉大学血管外科で毎月20人の患者にVRゴーグルを装着したところ、全患者において、鎮静剤の使用量が半分以下になり、術後に覚醒するまでの待機時間もゼロ分だったという。鎮静剤によって呼吸抑制や血圧変動等のリスクも起こり得るため、医師も患者も心理的負担が非常に少なくなるという利点があることも確認した。
VRゴーグルを装着した患者。    xCura提供
VRゴーグルを装着した患者。    xCura提供
海外での実証実験も進んでいる。インドネシアの歯科クリニックで患者にVRゴーグルを装着させたところ、痛みの軽減に効果があったという。現地ではクリニックのみならず大学病院でさえも鎮静剤がないため、虫歯の治療で歯を削るだけで怖がる患者が多い。
「VRゴーグルは、専門医でなくても使用できるため、ニーズは高いのではないか」と新嶋さん。今後はインドネシア国内の2000件の歯科クリニックにアプローチする予定だという。
さらに、2022年には、フィンランドのヘルシンキで開催されたスタートアップの展示会にも出展した。新嶋さんは「弊社のある福岡市とヘルシンキは姉妹都市で、そのパイプを利用して様々な人とつながることができた。ヘルシンキでも実証実験を行い展開していきたい」と意気込む。
セラピアVRで映し出される呼吸を促す映像。  xCura提供 
セラピアVRで映し出される呼吸を促す映像。  xCura提供 
セラピアVRを使って治療する場合、どのような映像を選ぶかという点も重要で、新嶋さんによると「患者によって好きな映像が違う」という。例えば、海の映像を見てリラックスする人もいれば、海で溺れた経験のある人は怖いと感じる場合もある。
「ある人は、あまりにきれいな映像で、天国に連れていかれてしまうのではないかと不安に感じた人もいた。またVR酔いといって、映像を見ることで酔って体調を崩す患者もいるので、酔わないように配慮している」という。
新嶋さんによると、術後にせん妄が起き、混乱して点滴を自ら抜いてしまったり、 徘徊したりする患者が増えている。80歳以上の患者で73.9%がせん妄というデータを紹介した論文もある。
しかし、その患者をケアする医療現場の人手は足りていない。「2025年の段階で27万人が不足するという予測がある。そこで、治療中にVRを使うことでペインコントロールを行い、せん妄を軽減できる可能性を感じていた」と新嶋さんは話す。
xCura新嶋祐一朗CEO/CTO「2025年の段階で27万人が不足するという予測がある。そこで、治療中にVRを使うことでペインコントロールを行い、せん妄を軽減できる可能性を感じていた」      xCura 提供
xCura新嶋祐一朗CEO/CTO「2025年の段階で27万人が不足するという予測がある。そこで、治療中にVRを使うことでペインコントロールを行い、せん妄を軽減できる可能性を感じていた」      xCura 提供
日本では2020年より、薬物を使用せずせん妄対策を実施した場合、医療機関に診療報酬の加算を認める「せん妄ハイリスクケア加算」が創設された。入院日数を減らし医療費を削減することが狙いで、この制度はVRを用いたせん妄対策への大きな後押しとなる。
 海外ではすでに欧州で、痛みや不安を軽減するプロダクトが展開されている。2023年10月、フランスのVRセラピープロバイダーであるHypnoVR社は、ベルギーのデジタル鎮静会社Oncomfort社を買収し、デジタルセラピー市場での地位を強化している。xCuraは、こうした欧州の競合他社と差別化を図り、独自性の高いプロダクトに成長させていきたいという。
新嶋さんは、高齢者人口と医療機関の多い日本でのノウハウを活かして、同じく高齢者の多い北欧にも市場を拡大、5年後の売り上げは約85億円を見込んでいる。
記事:石井広子 編集:北松克朗
トップ写真:xCura 提供
この記事に関するお問い合わせは、 jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
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