JStories ー 世界的な高齢化が進む中、がんの患者数は増加の一途をたどっている。米国がん協会(ACS)は「がん患者は2050年までに3500万人に達する」との予測を示し、すでに2022年には世界で推定2000万人が新たにがんの診断を受け、970万人ががんにより死亡したと報告している。
世界各地で様々な抗がん剤の開発が進んでいるが、高額で副作用が大きいなど、患者だけでなく家族などの精神的、経済的な負担が大きく、がんとの闘いはいまだに社会にとって大きな重荷になっている。
臨床医としてがん患者に向き合った経験が背景に
がんの苦しみから患者を救い、がんに困らない世界を作るには、これまでにない抗がん剤の開発が必要だ―。そんな志を社命に掲げ、フェロトーシス(Ferroptosis)と呼ばれる新発見の細胞死のメカニズムを利用した次世代の抗がん剤開発に取り組んでいる創薬ベンチャーがある。
FerroptoCure(フェロトキュア/本社:東京都千代田区)は、慶應義塾大学の研究室から誕生した新技術の臨床応用を目指して誕生したスタートアップだ。同社が研究しているフェロトーシスは、細胞の自然死(アポトーシス)と異なり、代謝や抗がん治療によりがん細胞内で活性酸素が蓄積すると細胞が死滅するという現象。フェロトーシスの抑制を解除することで、がん細胞を効果的に死滅させることができる。2012年に新しく報告された鉄依存性の細胞死のメカニズムだ。
CEOの大槻雄士さんが同社を創業したきっかけは、札幌の病院で臨床医(呼吸器外科)をしていた時の経験にある。「がんの患者さんに向き合う機会が多く、その中で治癒が難しいケースも多くあった。『患者さんを救うためには、新しい抗がん剤が必要だ』との想いを抱くようになり、研究の道に入った」と語る。
当時、創業は頭にはなかったものの、研究を重ねる中で「この技術を臨床応用できないか」という想いが芽生え、社会実装をめざして、他の研究者4名と2022年に同社を創業した。
同社の抗がん剤は、従来の抗がん剤に比べ、副作用が少なく身体への負担も少ない。さらに、経口薬として開発をしているため、投与にあたり患者の負担も、ケアをする家族の負担も、医療機関側の負担も少ないという利点もある。
経口薬を選択した背景には、患者をケアする家族の生活の質も考慮した、と大槻さんは言う。がん患者の介護のために、家族が離職をするなどのケースも臨床の場で目の当たりにしてきたことから、患者と周囲の負担も減らせる薬にしたいという大槻さんの想いが込められている。
トリプルネガティブ乳がんの国内治験終了、様々ながんに効果ありとのデータが蓄積中
フェロトーシスはがん治療だけではなく、パーキンソン病などの神経変性疾患の治療にも応用できることが分かっており、米国などでは既にこの原理を利用した疾患治療薬の開発が進んでいる。
通常、創薬では1つの標的に絞って開発を進めることが一般的だが、同社の開発は、他の多くの抗がん剤とは異なり、2つのたんぱく質を同時に標的とするアプローチで大きな成果をあげている。
「研究過程で1つの標的だけでは効果が限定的であることに気づき、もう1つ関連する標的を加えることで、より強力にフェロトーシスを誘導する方法を見出した。この形で創薬を進めているのは私たちの知る限りでは他になく、手ごたえを感じている」と大槻さんは自信をのぞかせる。
同社が現在開発している薬のうち、国内治験(第1層臨床試験段階)を終えているのは、乳がん全体の約2割を占める難治性のがん「トリプルネガティブ乳がん」の治療薬だ。国内治験では、ほかの様々ながんにも効果があるというデータが蓄積されており、特定のがんだけではなく、すべての固形がんを標的にすることができるという。もし、今後この抗がん剤が順調に開発されれば、現在の標準治療を変えるはたらきをすることも期待される。
さらに同社は、並行して人間同様に高齢化が進み、がん死が増えているペットの抗がん剤開発にも取り組んでおり、「人間も動物もがんで困らない社会」の構築に邁進している。抗がん剤で成果を挙げたその先には、神経変性疾患である認知症やパーキンソン病の治療薬の開発も視野に入れているという。
「日本発の次世代抗がん剤」で海外の患者も救いたい
国内での治験を終え、来春にはオーストラリアでの治験が始まる。今後の海外進出を見据えた時、日本人患者だけの試験結果では人種を越えて効果があると示すことができないため、海外での治験は必須だ。
大きな課題は資金調達にあるという。新薬の開発には莫大な資金と時間が必要で国内投資家の支援を受けているが、最近は英米仏など海外の投資家からの問い合わせも増えているという。
「FDA(U.S. Food and Drug Administration)の承認取得も目指しているので、海外の患者さんにも期待をしてもらえるよう、興味を持ってくれる海外企業があればぜひアライアンスを組んでいきたい」と大槻さんは話す。
今後の「未来予想図」を尋ねると、「5年後には海外での活動が中心となり、10年後には患者さんの手元に新しい抗がん剤を届けられるようになる。風邪のように、がんを治す。それが当たり前の世界にしていきたい」と意気込みを語った。
記事:水野佳
編集:北松克朗
トップ写真: Envato 提供
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